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波助読書帳

『異邦人』A. カミュ

異邦人 (新潮文庫)異邦人 (新潮文庫)
(1954/09)
カミュ窪田 啓作

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 ちまたで目にする紹介文では、この作品の主人公ムルソーのことを「通常の論理的な一貫性が失われている」などと言う。しかし、私の心はそのように感じなかった。ムルソーは己の感情に正直であって、社会に合わせて演技することができなかっただけだ。目に見えぬ世間からの圧力は、しばしば我々に皆と同じ行動だけでなく皆と同じ感情までも要求してくる。曰く、「この状況では悲しむべき」「喜ぶべき」、「そうでなければ冷血漢」「さもなければ人として出来損ない」。私は、そのような世間の圧力こそが不条理だと思う。しかし、私自身はこのような圧力に対して、そっと演技をして受け入れることができるようになってしまった。
 あのような同化圧力が存在するということは、多くの人にとってはあれが自然な感情なのだろうか。私やムルソーのように、違和感を覚える人は少ないのかもしれない。しかし確実に、少数派は存在している。そして、『異邦人』を読んで仲間を見つけ、そっと救われるのだ。たとえ小説の主人公が極刑を下されるとしても、私たちが世間の感情圧力への違和感を共有できた(おそらくは人生で初めての)仲間として、ムルソーを心の一隅に永遠に居着かせてしまうのを止めることはできない。

『ナイン・ストーリーズ』J. D. サリンジャー

ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)
(1986/01)
サリンジャー野崎 孝

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 これまで多くの小説や漫画で、この作品集からの引用を見かけてきた。特に「バナナフィッシュにうってつけの日」は有名だ。自分が好んで読んでいる作品に引用が載っているということは、引用元の作品もぜひ読んでみたいものだと、ずっと思っていた。で、読んでみた。
 全体の主題としては、社会の無神経さのようなものに対比して、主人公やその近しい人たちの心の交流・孤独などを描いている。主題の表現が非常に巧妙で情緒深く、リアルである。繊細な細工物のような短編たちだ。このことについては既に多くのところで語られているんじゃないだろうか。個人的に物足りなく思った点としては、この情緒や寂寥の表現において、会話や人物の仕草がほとんど全ての役を担っていて、風景などによる印象付けが活用されていない気がした。これは故意なのか、必然なのか、それとも単に必要ないのか。しいていうなら、「バナナフィッシュ〜」「小舟のほとりで」「ド・ドーミエ=スミス〜」では、情景が意識されているのかもしれないと感じたけれど。文化の違いのために、巧妙に配置された道具類を私が感知できていないのかもしれないが。ひょっとしたら、私の知らないアイコンなどが小道具として駆使されているのか?
 また、後半の2作品では主人公に一種の悟りに似た体験が訪れているようだが、それは著者自身の考えと体験から導かれたものなのだろうか?西欧文明の一部のインテリジェンスにみられる東洋の神秘思想への半端な傾倒には、常に違和感を禁じ得ない。結局はサリンジャーも神秘かぶれなのかと、少し心配になった。

『風土〜人間学的考察〜』和辻哲郎

風土―人間学的考察 (岩波文庫)風土―人間学的考察 (岩波文庫)
(1979/01)
和辻 哲郎

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 生き物とその生息地の間に相互作用が有ることは言うまでもないが、人間のように〈文化〉をなす生き物の場合、その相互作用の結果は遺伝的な変化を待たずに現れうる。また、その相互の関係性は、精神の傾向という可視化しにくい装置を経ることで、一見して非常に複雑な表現となる。
 本書では、世界の文化の傾向を〈モンスーン〉〈砂漠〉〈牧場〉の3類型に分けて説明している。そこで重要な環境要素は、乾燥湿潤である。しかし、3類型の根底となる精神の傾向の成り立ちに付いて、和辻の説明は納得のいくものではない。「非科学的」「主観的」という批判は、絶対に免れ得ないだろう。まして、そのような怪しげな土台の上に複雑な文化についての解釈を積んでいけば、更なる主観性と相乗して、受け入れられないほどの理屈になってしまう。
 各文化(特にヨーロッパ)の文化についての観察自体は、鋭いようだ。詩的な感性によるのだろう。しかし、その成り立ちの説明は、思いつきを補強した後付けの感があり、説得力を欠いているように思われた。

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